『今、被災地に学ぶ』~被災地の暮らし・住まいから見えてくるもの~参加レポート
第2弾となる今回のセミナーは『今、被災地に学ぶ』と題し、岩手県より女性建築士である 講師をお迎えして、東日本大震災から1年が過ぎた「今」だから話せる被災地の暮らしや 住まいについてなど、被災地が直面している『地域コミュニティの再生』について講師の方にお話しを伺いました。




県央支部:大島淳二さま
あの真っ黒な、生き物のような波が堤防を超えてくる映像は忘れることが出来ない。
そして一年以上が経ち、被災された方々を思う気持ちは変わらないがその後の対応にもどかしさを感じて生活する日々が過ぎ去ってゆく。
小さな日本とは云うけれど、東日本大震災の被害地域の範囲が示された地図から受ける印象は日本の国土の大半に及ぶと感じたものだったが、
しかし、今の日本の様々な状況を見聞きしていると暗澹たる思いがしてくるのは何も私だけではない筈。もしかすると日本は大きかったのか、と皮肉まじりに感じてしまうのだ。
自分の職業柄からくる不安、想像はややもすれば建物、いやそうではなくて構築物全般に対して感じる一種の責任感かもしれない。
神戸淡路大震災の時に目の当たりにした高速道路の崩壊はそれまでの「安全」を完全に消し去ってしまった。
そして、この度の被害はその比ではなかった。誰一人として否定出来ない「様々な安全神話」を抱えていたことが目の前で崩れたのだ。こんな状況下で聞く今日の話。
3・11後、様々な分野の人々が同じような内容で話し合っていると思うが、住宅という身近な構造物に限定した今回の講演会にも
大変な意義を見いだしたのは出席者の表情から読み取れた。しかし、被災された岩手県から来て下さった三人の講師の方は限られた時間で
伝えたいことがあまりにも多くて、もどかしさを感じながらの発表だったと思う。
東北訛りを少し気にされながら話をされていたが、聞く側からすると、その「生の声」に巨大メディアからは伝わらない「何か」を汲み取ることが
出来た。その一つに、津波被害と地震被害を別々に考えて欲しいと云われたことも印象に残り、切実さが伝わって来た。
又、仮設住宅に関してはこれまでのような「安易な仮設住宅」ではこの災害には対応出来なかった事実と東北に厳然とある日本の木造住宅の
「技術と人」を改めて思い知らされた気がした。又、あれほどの巨大地震でも津波さえなかったならば持ちこたえることが出来たと思われる
住宅があったこと、その一方で巨大津波に対しては全く手の施し様がなかった事実。
私は今年になって初めて昔の津波被害の資料を見るために図書館へ行き、そこに掲載されていたセピア色の写真を目にし、
この度の津波被害を受けた後の街の様子と全く変わらない様子を不思議に思った。
被災地の地形が同じ、その状況も同じ、
ということは同じことが繰り返されてしまう恐れがあるのだ。
そして、今日、現状を話された講師の方が力強く
「なんとかしないと同じことが繰り返されてしまうのです」
と云った言葉にいい知れぬ将来に対する恐れと、
政治に対する不信感を感じたのは私だけだったろうか。
会場で配られた資料を後に読み、その中で「花咲プロジェクト」に目を止めた。
そこに書かれた一行に今後の防災についての問題点を見た。
それは「建築士であるだけで、仮設住宅を見に行くことなどできないことをしっかり受け止めました」と。